『彼方の光』 シェリー・ピアソル作
斎藤倫子訳 偕成社2020.12
アメリカで奴隷制度がまさに「制度」として公的に行われていた19世紀にも、黒人奴隷を自由な地カナダに逃す「地下鉄道」と呼ばれた活動が行われていたことは知られている。作者はこの史実に基づきながら、これまで、「地下鉄道」に携わった側からの作品が多かったことに疑問をもち、逃亡する黒人の側から描きたいと考えてこの作品を書いたと「あとがき」に述べている。 11歳の「ぼく」サミュエルは、70歳(?)のハリソンに導かれて逃亡する。逃亡することの意味もまだよくわかっていなかったので、ときどきはやさしい奴隷女性リリーのことや温かい部屋、温かい食事のことなどをなつかしみ、ハリソンに反抗しさえする。その逃亡をかくまい、導き、カナダまで送り届けようとする細々とした善意の鎖がつながっていく。
その過程で、サミュエルは自由の意味を知っていくことになる。そして、売られたと思っていた母が、今は逃亡してカナダに暮らしていることを知る。 訳者は、この物語の時代背景を説明しつつ、今も差別は続いているのだと。そして日本にも差別はあるのだと、若い読者に呼びかけている。ただひたすらに「地下鉄道」のレールに守られて逃亡できたのではないのだということを、読者はドキドキしながら追体験していくことになる。最近の読書調査では、中高校生が本を読むようになったと書かれていた。うれしいことだ。コロナは人と人の関りを希薄にさせているが、心の窓は大きく開いて風通しをよくしたい。「読書は世界に開く窓」だ。
(岩辺泰吏)
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