『大切な人は今もそこにいる ―ひびきあう賢治と東日本大震災―』
千葉 望 理論社 2020年11月初版
筆者の千葉さんは、岩手県陸前高田に父方の実家がありました。
震災の日東京にいた千葉さんは、連絡の取れない故郷の人々の消息を、知らない人たち
とのツィッターでの交信でつかもうとします。NTTの災害伝言ダイヤルに、「元気ですか。生きていてください。生きていてください。」と吹き込みます。連絡がつくまでの数日間テレビや新聞でさまざまな情報に出会うたびに、恐怖がつのったり逆に悲惨な情報から自分を守ろうとする感覚におちいったりしたといいます。
東日本大震災まではどちらかといえばそこまで「死」について切実に考えたことはなかったという千葉さんの、「死」を考えるようになった体験と9年の間の思いがつづられています。
私がこの本に惹かれたきっかけは、副題に賢治の名前があったことです。賢治とのかかわりは第3章【福島、道野さんのこと。】第4章【『銀河鉄道の夜』とわたし。】第5章【大切な人を失うということ。賢治とトシ。】に書かれています。道野さん(仮名)は津波で亡くなったお兄さん夫婦の遺児3人を育てる中で、毎晩ますむらひろしさんのコミック『銀河鉄道の夜』を読み聞かせます。千葉さんにとっても賢治の作品が滋養となり心の支えになったこと。銀河鉄道の夜を通して考えた「死」から自分の死がどういうものであったら納得できるかに思い当り、震災後のくたびれ果てた心が安らぐようになったと綴られています。私はあらためて賢治の作品の意味にふれたような気がしました。
千葉さんの陸前高田のご実家は高台にある寺院で、津波で被災した方々100人以上の避難所となりました。ノンフィクションライターである千葉さんは「家族を失わなかった自分には、本当の意味で哀しみを共有することはできない」「それなら少なくとも、わかったふりはするまい」と思いながら、被災したたくさんの人々の思いに耳を傾けています。この本は「死」は決して遠い世界のことではなく、実は身近に存在するということを考えるきっかけになればとの思いで書いたということです。コロナ禍で突然家族とお別れしなければならなかった知人のことを想いながら読みました。そしてまた、東日本大震災からの10年を問い直すきっかけになる本ではないかと思います。(大谷清美)
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