『ウサギ』 ジョン・マーズデン文、
ショーン・タン絵、岸本佐知子訳
河出書房新社2021.1
オーストラリアが舞台だということだが、今日の世界のどこでも遭遇している状況を描いている。
昔、海からウサギたちがやってきた。ウサギは増えつづけた。彼らは別の言葉をしゃべり、見たこともないものを食べ、よその動物を持ちこんだ。彼らは土地を奪い、われらの草を食いつくし、木を切り倒し、仲間を追いはらった。さらに、わたしたちの子どもをさらった。 ウサギから救ってくれるのはだれだろう……。 ショーン・タンのシュールな絵がすごい迫力だ。被侵略者の原住民の側から見れば、侵略者の姿、道具(武器)、文明はこのように見えるのだ。「ウサギ」とは何者なのか、ウサギは何を目指すものなのか…。説明的な文章は一切ない。それだけにショーン・タンの絵が不気味でさえある。カバー折り返しの作者、画家、訳者の言葉をしっかり読みたい。
いま、斎藤幸平『人新世の「資本論」』がベストセラーになっている。彼は資本主義のあくなき欲望を告発している。SDGsのうわべの努力だけではごまかしに過ぎないとまで言っている。上からの言葉にだまされはならない。その組み立てそのものを改革しなければ未来はないのだと言う。この絵本はそういう意味では、資本主義そのものを表しているともいえる。 それなのに、表紙を開いた見開きの、おだやかな三日月湖で餌を求め、憩う水鳥たちのシーンが印象的だ。失われたものはなんであったのかを表している。(岩辺泰吏)
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