『秋』 かこさとし作 講談社
2021年7月29日 1600円(税別)
3年前に92歳でなくなった、絵本作家加古里士さんによる、自身の高校生時代の戦争体験をもとに描いた絵本です。加古さんの長女の鈴木万里さんが、加古さんの遺品の中から見つけた手書きの紙芝居をもとに絵本にしたものです。 昭和19年の秋、「私」(加古さん)は18歳。日本は、アメリカとの激しい戦争をしていて、「私」は、兵器を作る工場に泊まり込んで戦車の歯車や部品を作っていました。「私」は、盲腸炎になり手術を受けます。そんなとき、くっきりと晴れた秋の空に、墜落する戦闘機と落下傘が開かずそのまま落ちていく飛行士の姿を見ます。また、手術を担当した先生に召集令状が届き、しばらくして、戦死の知らせが届きます。一番好きな秋なのに「戦争はどうして、こんな人たちを元気で、明るくて、いい人たちを、次々殺していくのだろう
」「青い空や澄んだ秋晴れは、戦争のためにあるんじゃないんだ」という憤りが綴られています。
黒いクレヨンの大胆な太い線で描かれた絵からは、作者の満たされない激しい苦しみや悲しみが伝わってきます。それに比べて、戦争が終わってからの「戦争のない秋の美しさが続きました」という場面の絵には、遠くの山並の景色を背景にしてコスモスが咲いている、きれいな秋の風景が描かれています。加古さんの絵本の繊細な絵とはひと味違う絵の世界は新鮮です。一緒に見つかった原稿によると、昭和28年(1953年)10月23日作、昭和57年(1982年)改訂、とあり、20年がかりで絵本として世に出すべく手を入れていたことが分かります。その後、この絵本は出版されることはなく、70年近くが過ぎて、2021年に日の目を見る事になったのです。
多くの加古さんの作品に、戦争体験そのものを題材としたものはなく、子ども達に夢を持たせるものばかりです。しかし、この絵本『秋』を読むと、それらの作品の根底には、戦争に対する憎しみがあり、平和な世界であり続けたいという願いが流れていたことが分かります。鈴木万里さんは、この本の最後に「コロナの蔓延で価値観が変わるようなことが起こる一方、世界各地での紛争は止まず、加古がこの紙芝居に込めた思いを強く感じて、。今こそ、かつて適わなかった、その思いをかなえたく、それ
が実現いたしましたこと、加古に代わり衷心よりお礼申しあげます。」と述べています。
コロナ感染、東京オリンピックによって、大切な何かを忘れているような今日、加古さんの思いを受け止め、命の大切さや平和であることの意味を考えることは大切なことであると思います。(渡部康夫)
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ゆうた君 (日曜日, 15 8月 2021 18:35)
さっそくに紹介されましね。さすがに文庫を開いている渡部さんらしいです。近くの書店に「戦争と平和」コーナーが作られて並べられていました。たくさんの人に読まれてほしいです。