『野望の屍(かばね)』 佐江衆一
新潮社2021.1 杉並図書館の本
作者・佐江衆一氏は2019年8月、一人でドイツに取材の旅に出ている。ミュンヘン、
ニュルンベルグ、ベルリン。さらにポツダム宣言の古都ポツダムをも訪れている。それは、この本を書きあげるためであった。その時、85歳。
1923年からこの本は始まる。物語というより、ドキュメンタリーである。一方にヒトラー。そしてムッソリーニ。もう一方に石原莞爾を置いて、第二次世界大戦という破局までをつぶさに描いていく。「知っていた」ことではあるが、あらためて認識を深めることになった。個人などでは戦争への道を止めよう、避けよう、早く終わらせようという努力はあったのだが、汚濁の流れは止められなかった。それは、現在の日本の状況そのままである。作者はこの本の出版を見ず、昨年10月に亡くなっている。これを書かずには死ねないという思いであったのだろう。出版社は「これはフィクションです」と断りを書いているが、巻末に膨大な参考資料を挙げている。最後をどう
閉じるのかに惹かれながら読んだ。石原莞爾は東京裁判にかけられることなく、田舎で亡くなっている。「国家の野望から“水漬く屍”“草むす屍”となった何百万の人々が、今なお明日を縛っている。」と結んでいる。 西村京太郎氏は人気シリーズと津川警部が真相を追う『SL銀河よ飛べ!!』(講談社NOVELS21.5 )で、真珠湾攻撃に参加した神風特攻隊3名が生き残ったと仮定して戦後を生きる戦争体験者と若者とを結ぶ絆を提起した。高齢の作家たちが現状への危機感からそれぞれの方法で発言しているのだ。(岩辺泰吏)
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